活動日記

みんなで土地を買って守る。「トトロの森」でナショナルトラスト
活動日記 · 2026/05/26
5月19日の「みんながけっぷちラジオ・環境、自然体験」では、公益財団法人トトロのふるさと基金の木村直樹(きむらなおき)さんをゲストに迎えた。木村さんは、幼少期を埼玉県で過ごし、山梨県の大学を卒業、北海道のネイチャーセンターや埼玉県の少年自然の家などを経て2020年から現在の活動に取り組んでいる。トトロのふるさと基金では、東京都と埼玉県の境にある狭山丘陵で、みんなの寄付で森を購入するナショナルトラストを行っている。周辺の土地の開発が進む中、土地を買い取ることで自然を守っているという。今回は、基金設立の経緯や森林管理、活動の課題についてお話を伺った。

活動日記 · 2026/05/02
4月29日(火)の原発避難16年目ラジオには、福島県双葉町から埼玉県加須市へ避難している鵜沼久江(うぬまひさえ)さん(72)をお呼びした。震災当時、旦那さんとともに双葉町で牛と米を育てていた。地元では有数の50頭もの牛を抱える農家だったそうだ。地震発生時には屋外におり、あまりの揺れの強さに立っていられず四つん這いになっていたら、足と足の間を大きな地割れが広がっていき恐怖に襲われた。その後避難を繰り返し、2011年4月に加須市へ避難。現在も加須市に暮らす。 半年戻れず、50頭の牛を死なせた後悔の念が消えない。 最初に避難を開始したのは地震発生後すぐだった。しかし、牛も大きな余震に驚いて脱走する危険性があったため、11日はトラックの中で寝たという。翌日、近隣の住民がより遠くへと避難を開始した。家に残っていてはみんなが心配すると思い鵜沼さんも避難したが、避難所から定期的に牛を世話しに家へ戻ろうと考えていた。そのため脱走しないように牛をしっかりとつなぎ、戻ってくるまでの水と餌を用意して避難していた。しかし、避難をしてみればそのまま避難指示は10km、20km、30kmとどんどん広がり、結局2011年8月26日まで鵜沼さんが家に帰ることはできなかった。自宅は原子力発電所からわずか2.5kmの場所にあり、家を見ることができたのは避難者の中でも最後だった。365日手塩にかけて育てた牛は、自分の子ども同然である。もちろん半年近く水も餌も無かったら、つながれた牛がどうなっているのか見なくても分かっていた。「避難警告が出たときに、もし半年も帰ってこられないとわかっていたら、牛を放して生かせたのに」と今でも後悔の念は消えない。 「汚い、放射線を持ってくるな、近づくな」 4月に加須に避難してからも、鵜沼さんの頭は牛でいっぱいだった。すぐに戻って牛の世話をしなくちゃならない。そのために落ち込んで体力を無くしてばかりじゃいけない。避難してすぐにハローワークに登録し、やったこともない野菜作りの手伝いを懸命にした。しかし、避難所にとどまることなく行動する鵜沼さんへの世間の風当たりは強かった。 「汚い、放射線を持ってくるな、近づくな」 鵜沼さんが自分の畑を持とうとしても、避難者に貸してくれる人は誰もいなかった。 避難先では「できるだけ静かに、波風を立てない、避難者だとばれない」が暗黙の了解。 避難から16年経つ今でもなお、当時の様子や原発避難の苦しさを話し続けている。つたない取材にも関わらず、「少しでもわからないことがあればなんでも聞いてちょうだい」という姿勢は、我々にとっても本当にありがたい存在である。 しかし、同じ避難者に「そんなにたくさん取材を受けて、どれだけお金をもらっているんだい」と言われたこともある。 「お金なんかいくらでももらえるから、お前もやれるもんならやってみろ」と答えたんだと笑う。 避難先ではできるだけ静かにすること、波風を立てないこと、避難者だとばれないこと、が暗黙の了解のようになっていた。そのような中で現状を伝え続けることは簡単なことではない。 しかし、鵜沼さんは「16年経っても苦しんでいる人がこんなにたくさんいる。原子力が悪いとか、電気を使った人が悪いとか、悪者探しをしたいんじゃない。原子力発電がもしも爆発したら、こんなにつらい思いをしなくちゃならない。そしてその可能性が日本中にあるということに気付いてほしい。そのために何を言われても、私は話し続けます」と語る。 編集後記 さすが取材慣れしている鵜沼さん。ラジオ放送中も話が上手で、福島弁も耳に気持ちがいい。初めて放送中にメッセージが二件も来た。人数の大小にかかわらず、誰かの心の支えになったり励みになったりしていたらうれしい。やはりラジオ学生はいいな。(吉田美音)

活動日記 · 2026/04/27
4月7日(火)みんな崖っぷちラジオの助(たす)けっ人(と)とさんは、北犬飼子ども食堂ライトの楠恒夫(くすつねお)さん。楠さんは鹿沼市にある北犬飼コミュニティセンターで、月に三回の子ども食堂、学習支援、食品配布会などの活動を行っている。中でも、子ども食堂の規模は一度に90食を提供する大規模なもので、年間利用者数は10,378人になった。...

活動日記 · 2026/04/20
 2025年8月28日放送の「次世代に伝える。原発避難15年目ラジオ」のゲストは、原発事故避難者の内田啓子さん。福島での経験や原子力利用に対する考え方、原発事故との向き合い方などを伺った。...

性暴力、被害を受けた「あなたは悪くない」
活動日記 · 2026/04/19
3月4日のみんながけっぷちラジオでは、済生会宇都宮病院にある性暴力被害者相談センター「とちエール」の稲見一美さんをお迎えし、性暴力と被害者への支援について話した。性暴力とはどのような暴力なのか、性教育の現状や、支援で大切なことを教えていただいた。

活動日記 · 2026/03/31
10月21日のみんな崖っぷちラジオでは、うじいえ自然に親しむ会と、NPO法人水辺環境保全研究所の代表である高橋伸拓さんをゲストに迎えた。高橋さんは、絶滅危惧種に指定されているシルビアシジミというチョウの保全活動に取り組んでいる。シルビアシジミは、幼虫期に食草とする河原に生えるミヤコグサが減少したことで、生息環境が大きく失われてきた。高橋さんで二代目の会長となる同会は、新たにNPO法人として活動を継続・発展させようとしている。今回は、その経緯や法人化によって見えてきた今後の展望について話を聞いた。 「自然共生サイト」。民有地で、生物の生存環境を確保する取り組み 今回は環境ラジオ放送回として、環境団体の活動紹介に加えて、環境保全分野全体の課題についても話をした。環境省が掲げる「30by30」とは、2030年までに陸と海の30%を保全することを目標としたSDGsの取り組みである。そのために国立公園などの公的な保護地域に加えて、民間の土地であっても生物多様性が守られている場所を「自然共生サイト」として認定する制度が進められている。目標達成まで残り5年を切る中で、これからどのような行動が求められているのか…。私自身初めて知ったことだったので、非常に考えさせられる内容であった。 冒頭で紹介したように、うじいえ自然に親しむ会は、2025年3月31日に新たにNPO法人 水辺環境保全研究所として法人格を取得した。団体名から特定の地名が外れたことで、地域を限定せず、より広い範囲での活動や連携が可能になった。会員が大きく減ることなく活動が継続でき、法人化のデメリットはほぼ無かったという。 「自然の中に身を置くと、昔を思い出す」。幼少期に自然の経験を。 保全活動の雰囲気についてもお聞きした。毎週やっているボランティア活動ではみんなで集まって、わいわいと楽しく活動する空気を大切にしている。若い人たちが友達を誘って参加し、中高生のユースボランティアが群を抜いて多い。また、活動はその場に集まった人のつながりを生むという。とかく環境団体は専門家が多く硬くなりがちだが、ボランティアを受け入れの工夫が活動の継続につながっていると感じた。 高橋さんは生まれも育ちもシルビアシジミの発見地である鬼怒川河川近くだ。再び地元に戻ってきたときに昔の河川敷と比べて外来種が多くなっている姿を見て、「自分がやらなければならない」という思いになったという。自然の中に身を置くことで、昔の記憶を思い出す。だからこそ、子どものうちに自然に触れる経験をしてほしいと語っていた。 今回の放送を通して、環境保全は制度や目標だけで進むものではなく、地域での継続的な活動と、人と人との関係性の中で支えられていることを実感した。(ラジオ学生 井本涼菜)

「ネット弁護士事務所広告」の落とし穴&労使紛争のいろいろを聞いた
活動日記 · 2026/03/06
2月3日のみんながけっぷちラジオは、宇都宮で弁護士をしている小倉崇徳(おぐらたかのり)先生をゲストに迎えた。小倉先生の専門は労働事件や消費者事件。さらに弁護士の傍ら地域のコミュニティづくりをする社会教育士(旧社会教育主事)として地元の生涯学習や海外との社会教育交流会などにも積極的に携わる。また、B型肝炎の差別や間違った知識を見直す授業や、過労死に関する授業なども県内の学校で開講し、その活動範囲は非常に幅広い。2011年の東日本大震災を機にとちぎボランティアネットワークのボランティアに登録したのがVネットに関わるきっかけという。