2019年10月水害(宇都宮・田川付近)調査報告書ができました。2020年2月に実施したアンケートでは448件・763人の皆さんからご協力いただきました。ありがとうございます。全編170ページなので、概要版(16P)と各章ごとに分けたものも公開します。
・トピック①:時間×地点ごとの浸水状況がわかります。
・トピック②:実際の避難行動はどうしたのか
・トピック③:自家用車の被害地点、家屋修理費用(出費)も
今後水害に備えて、現実的な避難場所の検討も必要だとおもいます。自治会等で検討する参考にしていただければ幸いです。
宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル3F
とちぎVネット内 電話080-3505-817(火曜定休10-17時)
●田川の水害で被災した家屋の片付け、生活の復興支援のボランティアをしています。
●DIYセンター(自分で家を補修)したい人)に工具、機材、車をお貸しします。
●毎週金曜は [子ども食堂/地域食堂] 災害後の地域づくりも応援します。
10,000棟の床上浸水。ボランティア10万人を支える募金
地域の復興を支援します。
第1回助成金の公募が開始しました。
■2024:「失われた日常へと戻る」活動
今回のボランティア活動を通して強く感じたのは、2024年の緊急対応の段階から、2025年の農作業を中心とした生活再建、そして現在に至るコミュニティの再建へと復興が確かに一歩ずつ前進しているということである。その変化は劇的なものではなくむしろ静かで緩やかなものであったが、だからこそ一層深く人々の暮らしの中に根を下ろしているように感じられた。
2024年に初めて現地を訪れたとき、そこにあったのは災害の衝撃がまだ生々しく残る風景であった。室内に積もる埃や瓦礫を取り除く作業は、単純でありながらも重く、終わりの見えない営みに思えた。しかしその一つ一つの作業は失われた日常へと戻るための不可欠な一歩であり、まさに「ゼロからの再出発」を支えるものであった。
■2025:「未来への種をまく」活動
それから一年後の2025年、同じ土地に立ったとき復興は次の段階へと移行していた。瓦礫は片付けられ、再び土に触れ、草を刈り、豆をまくといった農作業に取り組んでいた。これらの活動は単なる労働ではなく「未来の種をまく」という意思の表れであり、生活を取り戻そうとする力強い営みであった。復旧から生活再建へ――その移行は、地域が再び息を吹き返し始めていることを示していた。
■2026:「コミュニティの再建」活動
そして今回、2026年に訪れて感じたのは、その先にある「コミュニティの再建」がさらに一歩進んでいるということである。仮設住宅に併設された交流センターでは、足湯や酒場のような交流の場も定着しつつあり、そこでは住民同士だけでなく、外部から訪れた人々も交わり、新たな関係が築かれている。安価で気軽に立ち寄れる酒場は、人々が日常的に集い、言葉を交わす場として機能しており、そこには確かな「つながり」の回復が見て取れた。
■賑わいの場だけでなく、人間関係をもう一度耕し直す試み
かつて、災害前に他の村や見知らぬ人と友人関係を築いたという話があったように、この地域には元々人と人とを結びつける土壌があったのだろう。現在行われているこうした取り組みは、その土壌をもう一度耕し、新たな形で関係を育て直す試みのようにも感じられる。人口減少や高齢化が進む中で、こうした交流の場は単なる賑わいづくりではなく、地域がこれからも存続していくための重要な基盤となっている。
■竹切り・草刈りは、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」
また、去年の枯れた土地で大豆を試しに植えるところから始まり、現在では稲が安定して育てられるようになった風景を見て、土地が息づきを取り戻したと感じた。竹切りや草刈りといった作業も、単なる環境整備にとどまらず、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」としての意味を持っているように思えた。作業を通じて生まれる会話や協働の時間は、目には見えにくいが、確実に人と人との距離を縮めている。
復興とは、壊れたものを元に戻すだけの過程ではない。それは、人々の関係や記憶、そして未来への希望を少しずつ編み直していく、長く続く営みである。2024年の緊急対応、2025年の生活再建、そして2026年のコミュニティの再生へと続くこの流れの中で、自分はその一端に触れることができた。そこには、目立たなくとも確実に前へと進む力があった。
今回の経験を通して、復興の本質は「人」にあるのだと改めて感じた。この地に生きる人々の営みと、その中で生まれるつながりこそが、未来を形づくっていく。これからも、この静かな変化に目を向けながら、自分にできる関わり方を模索し続けていきたい。(李睿天:りえいてん/宇大大学院2年・災害研究)
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スゴイ運転と思ったが、実は道路ガタガタ
能登のボランティアに参加したことのある友人に能登の塩を渡され「あなたなら行ける!」と強めに声をかけられ参加。友人から事前に話は聞いていたが、行って何ができるか、他の人に迷惑をかけないか、不安と緊張でいっぱいだった。当日、一緒に行く方達に会い、皆さんの優しい雰囲気に3日間大丈夫かもと思う。高速を進み、能登に近づくにつれてガタガタな道を進んで行く。すごい運転だと思ったが、後に地震で地盤が歪み道がガタガタになったことを知った。そんな道を進み宇都宮から7時間程かけて能登に到着。
●人と会う場の提供。足湯と酒場。
1日目午前中は「足湯」に参加。仮設住宅の集会場に足湯をセッティングし来る人を待つ。友達を誘ったり、馴染みのボランティアさんに会いに来られたりと参加者は10人程。一人ずつ足湯とハンドマッサージをさせていただく。家族や日中の過ごし方などを話してくれた。一人の女性は週に3日仕事をしているが、他の日は「みんな暇でしょ?」と仲間を集め雑巾を縫うなどしている。午後もハーバリウムの教室があると楽しそうに話してくれた。
夕方から「夕暮れ酒場」に参加。開店前から何人か集まってくれていた。女性の方が多く家族で来られる方もいた。杖でやってきた高齢の男性。知り合いはいないようで誰とも話さない。ビール1本とせんべいを食べ、みんなの様子を静かに見られていた。話かけると年齢や仕事など教えてくれた。特に男性の方にとって外出の機会は少なく、閉じこもりがちになってしまう。夕暮れ居酒屋の目的は、外に出ない方を外に出すこと。歩いて行ける夕暮れ酒場、男性にとってはたくさんの人がいる賑やかな場を楽しめたのではないか。定期的に来てくれて誰かと顔馴染みの関係ができたら目的達成+αの効果を得られると思う。
仮設住宅に住む人が足湯や酒場に参加することで、他者と交流できる場の重要性と定期的な場の提供の必要性を感じた。
●能登の現状と現地の方の心。私にできる復興支援。
2日目は、土砂に埋まった花壇に花が植えられるように土を平らにするなどの作業をした。粘土質の土はとても重かったが、みんなで行うと思ったよりも早く終わった。
復興は進んでいないと聞いていた。実際に現地を見て、土砂崩れの場所が多々あり、木々が倒れ道を塞いでいる所や流れてきた木が家の中に刺さっているなど町の様子は災害時のままの所が多かった。しかし、農家の人は田植えの準備を始めたり、花壇にサルビアを植えたいと話されたりしていた。現地の人達はボランティアの力を借りながら自分たちの生活に向けて進んでいるように感じた。一緒に活動したボランティアさんは粘土質の土を活かして何かできないか、風景の綺麗な所に人集める方法など復興に向けての提案していた。
今回初めて参加し、能登の方達の素敵な笑顔と温かい人柄に触れることができた。私に何ができたかわからないが、実際に行ってみて能登の現状、感じた事を人に伝え知ってもらうことが今の私にできることだと思う。出会えた能登の方達と3日間温かく一緒に過ごしてくださったボランティアさん達に感謝したい。(小林菜津子/宇都宮/作業療法士)
