福島を想い、栃木に謝す~原発事故10年目を控えて~

あれから10年

 2011年3月11日午後3時前。あの日あの時、みなさんは何をしていただろうか。ラジオで問いかけると、音大の学生で歌っている最中だった、小学生で家庭科の授業中だった、決算報告書を作っていた、ちょうど社会人になるはたちの年で運転中だった・・・と、鮮明に記憶に残るあの日のことを教えてくれた。

 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の最大震度は7、日本列島すべてが揺れた。栃木県でも6強を観測している。太平洋沿いでは大津波が無惨にも多くの命を奪い、そのほかの地域でも、停電、断水、液状化現象、倒壊など様々な被害をもたらし、歴史に刻まれる「大災害」となった。時を同じくして「大事故」が起こる。原発事故(福島第一原子力発電所事故)である。ゲストはこのことに関しては決して被災者とは言わなかった。被害者なのだと。あれからもう少しで10年。わたしたちはこの節目に何を考え、何ができるのか。

 

福島県浪江町からの避難者 佐々木さん

 ゲストの佐々木さん(68歳)の家は当時ニュースでよく聞いた地名のひとつである、浪江町(なみえまち)にあった。そこは地震、津波、原発事故の3つの災難が降り注いだ地域である。

 地震の1日目は、余震が続いたため車中で過ごし、3日目に大渋滞の末ようやくの30キロ先の高校に避難した。そして、4日目に避難所に届いた新聞で福島原発の事故を知ることになる。すぐに帰宅できるだろうとなにも持っていなかった佐々木さん一家は一旦家に戻ろうとするが、とあるラインから先は防護服を着た警官に止められた。誰も被害を把握できていなかった当時、原発事故の避難区域となった半径20キロの範囲には救助隊ですら入れなかったそうだ。その中にはまだ、津波で流された人や建物の下に取り残されていた人がたくさんいた。原発事故がなければ救われた命がどれだけあっただろうか、という佐々木さんの言葉に胸が痛んだ。5日目に姉と電話がようやく通じ、高齢の父親にとって避難所での生活は大変だろうということで、すぐに姉のいる神奈川県横浜市へ移動した。そこでアパートを借り4ヶ月間過ごした。その後、息子がいままでの仕事に見切りをつけ、栃木県宇都宮市で新たな仕事を見つけたため、避難移動し現在も暮らしている。

 一度、一世帯二名まで避難地域内へ一時帰宅が認められ、ゴミ袋大の袋二つ分、家のものを持ち出だせるという機会があった。多くの人は子どもの写真や自分の卒業アルバム、貴金属等を持ち出したそうだ。再発行できる預金通帳、保険証等よりも、唯一無二の思い出の品の方がずっと価値がある。本当に大切なモノはなにか考えさせられるエピソードだった。それとともに、避難生活が長くなることへの不安を抱きながらの一時帰宅であっただろう彼らの心の内は計り知れないと思った。

 

故郷・福島への想い、そしていま、栃木に住み続ける理由

 福島県浪江町藤橋地区は2017年3月に避難解除された。定期的に帰って家の手入れをしているそうだ。伝承館で語り部も行っている。実は避難解除の前から、福島県南相馬市(みなみそうまし)に通い、農業経営改善支援の嘱託職員として復興支援に取り組んできた佐々木さん。意識は常に故郷・福島へ向いているように見える佐々木さんが、なぜ故郷へ戻らないのか。それは、避難先での生活が根を張ったからだ。高齢の父親は宇都宮の病院や介護支援を利用していて、息子には仕事がある。近所づきあいもするようになって、ここ宇都宮で「普通の生活」ができている。子どものいる家庭なら学校があるし、避難先で結婚したり、家を買ったりしている人もいるだろう。もう多くの避難者にとって避難先が避難先ではなくなっている。もう10年も経つのだからあたりまえだ。それが故郷を捨てたことにはならない。故郷を想う気持ちは必ずある。しかし、現実に、やっと安定した今の生活を手放し、また一から生活を築き直すことは簡単なことではない。原発事故に非があるのは、放射能の身体的被害よりもずっと、この「普通の生活への問い」なのではないかと思う。二律背反の想いを背負い、今できる最良の選択でそれぞれの人生をそれぞれの場所で歩んでいる人たち。そんな人たちがいることを忘れてはならない。

 佐々木さんが最後に語ってくれたのは、横浜でも宇都宮でも、自分たちに「普通の生活」をさせてくれた周りの方々への感謝だった。特別に世話してくれるわけでもなければ、非難されるわけでもなかったが、それがありがたいと。「どうお声がけしたらよいか分からなくて…ごめんなさい」と素直に言ってくれる方もいたそうだ。いつまた起こるか分からない災害や原発事故から立ち上がるのに必要なのは、「受け入れること」。そう締め括った佐々木さんの表情はとても穏やかだった。

 

水に毛布に缶詰にカイロに……

 

受け入れる準備、できていますか?

 

(ふじくら)