目に見えない放射線から逃げるやるせなさ 社会問題としてとらえる原発事故

今回は、福島県田村市から栃木県に避難された、内田啓子さんに話を聞いた。田村市は福島県の中央にある郡山市と原発の真ん中ぐらいにあり、避難指示が出された原発30キロ圏内の境目でもある。避難するかどうか、個々の判断にゆだねられた人が多かったことだろう。

  • 待ち望んでいた生活が始まろうとした矢先の原発事故

 内田さんは、子供3人と夫の5人家族で、当時まだ子供も小さく自然豊かな環境でのんびり暮らしたいと田村市に移住してきた。原発事故の5ヶ月前だった。子供は4月から地元の幼稚園に通うことが決まっていた。過疎地域だったので地元の人にとても歓迎されていて、幼稚園に必要な道具を譲り受けることもあった。そんな矢先に起きた原発事故。内田さんは避難指示が出る前の翌日には避難をしていた。しかし、地域の人に恩返しができない苦しさや、たまに田村市に帰って、どこも壊れていない家を見て、「夢をもって移住したのに何でこんなことになってしまったのだ」という悔しさを感じるという。(内田さんの地域は地震による被害がほぼなかった)

  • 「避難は、ただの引っ越しではない」

 「避難というのは『今すぐ逃げなさい』と言われ、そして二度と家に帰れないという状況を強いられること。家の大事なものや友達、人間関係が失われる。仮設住宅ができてよかったねで終わることはない」と語る内田さん。家族で話し合い、栃木で生活することを決めた内田さん。だが、その決断に至るまで3か月悩んだという。「田村市にいた期間が半年という短い期間だったから決断できたものの、ずっと住んでいた人にとっては、とても難しい決断だったのではないか」という。また、「そのような難しい選択を迫られた人に対して、『お金のために避難を続けているのでしょう?』と言うべきではない」と。

 原発避難によるいじめや賠償金をもらった人に対する暴言は大切な故郷や友達、人間関係を失ってしまった人に対する言動ではないと思う。「避難」を軽く捉えすぎているのではないだろうか。実際に体験しないとわからない辛さや過酷さはもちろんあると思うが、「自分の大切なものを失う避難」の辛さは容易に想像できるだろう。また、そのことについて、親が子に伝えることも重要だ。きちんと伝えれば原発避難によるいじめが起こるはずがない。「放射線がうつる」といった根拠のない噂を伝えるのも間違っていると思う。

  • 「普通すぎる栃木」に違和感

 

 大変な思いで避難してきてほっとしたのもつかの間、普通過ぎる栃木にショックを受けた。まるで、パラレルワールドに来たような孤独感を感じたという。また、東京に行けば、普通に電気を使っている様子にとても驚いたという。確かに、計画停電などはあったが、一時的なもので、すぐなくなってしまった。事故後何も変わっていないことに怒りを感じたという。

  • 納得できず学問しだした。「政治と生活は密接している」と分かった

 自分を落ち着かせるため、納得のいく答えを見つけるため本を読みだした。そうしていくうちに、同じような疑問を持つ人に出会い、宇大の先生にまで交流が広がり「社会問題としての原発事故」について知識が付き、その交流が心の支えにもなっているという。「政治と生活はすごい密接していて、身の回りのことは政治的なことが多い。そのためおかしいと思ったことに対して声を上げることが大事」と語った。

(加藤)