一番弱い立場の人が一番つらい犠牲を受ける。「市民の経験を語れるのは市民だけ」

 今回は宇都宮大学国際学部准教授の清水奈名子先生にお話を伺った。清水先生は、戦争と平和や原発事故の問題に取り組んでいる。

 

戦争犯罪、爪痕

 清水先生は大学生の時、ナチス・ドイツの戦争犯罪について遺跡を巡って学ぶスタディツアーに参加した。ドイツやポーランドには一般市民の殺された跡が保存されており、とても衝撃的だったという。また、1980年代くらいの日本にはまだまだ戦争の爪痕が遺構として残っていた。渋谷で体に傷を負った人(傷痍軍人)が軍服を着てお金を求める姿を見たり、小学校の宿題で祖父から戦争の話を聞くこともあった。戦争の経験を直接聞けた最後の世代と清水先生は言う。

 

ルール違反(戦争犯罪)がまかり通る戦争。「市民を守らない」軍隊

 戦争には「一般市民を殺してはいけない」というルール(国際法)がある。しかし、例えば沖縄戦では島民の4人に1人が命を落とした。そしてその多くは女性や子供、お年寄り。これが戦争の実態だ。

 軍隊や政府機関は一般市民よりも組織を優先する。一番弱い立場にある一般市民は守られないため、一番つらい犠牲を被るのだ。そして亡くなった人は「つらかった」と言うことができないし、生き残った人も戦後生きるのに必死で自分たちの経験を残すことができない。一番大変な思いをした人たちの戦争の経験が引き継がれないのだという。

 

原発事故は戦争並みに大変なもの

 福島の原発事故は、「政府が一般市民を守れなかったというところに、戦争とつながる部分がある」と清水先生は言う。

「戦争を始めるのは一部の偉い人。一部の偉い人達の考えしか研究されないし、教育もされない。市民がどんな思いをしたのか、どんな犠牲を受けたのかは記録に残らないのだ」という。

 実際に私も大学に入るまで、原発事故のことは知っていたが、それが原因で被害を受けた人たちがいることを知らなかった。

「市民の経験を語れるのは市民だけ。記録が残せるのは一人一人の市民だけである」と言う。

 

不安な時こそ学びは大事

 まず自分を大事にして広い視野を持つことで、見えにくい一般市民の犠牲が見えるようになってくるのではないかと清水先生の原発被災者インタビューから引用しながら言う。どこか自分に余裕がないと犠牲を許してしまう弱さがある。だから、大変だったら声を出すべきだし、支えてもらう人は時代が違くてもよくて、学ぶことによってこれまで生きてきた人たちの言葉に支えられることがあるという。

 

本の紹介

「語りつぐ戦争 とちぎ戦後70年」(下野新聞社編集局 著)

本屋さんにはあまりないようですが、栃木県の公立図書館にはほとんどすべてのところにあるそうです。ぜひ読んでみてください。

(加藤)