復興の本質は「人」。人々の関係や記憶、未来への希望を少しずつ編み直していく長い営み

■2024:「失われた日常へと戻る」活動

 今回のボランティア活動を通して強く感じたのは、2024年の緊急対応の段階から、2025年の農作業を中心とした生活再建、そして現在に至るコミュニティの再建へと復興が確かに一歩ずつ前進しているということである。その変化は劇的なものではなくむしろ静かで緩やかなものであったが、だからこそ一層深く人々の暮らしの中に根を下ろしているように感じられた。

 2024年に初めて現地を訪れたとき、そこにあったのは災害の衝撃がまだ生々しく残る風景であった。室内に積もる埃や瓦礫を取り除く作業は、単純でありながらも重く、終わりの見えない営みに思えた。しかしその一つ一つの作業は失われた日常へと戻るための不可欠な一歩であり、まさに「ゼロからの再出発」を支えるものであった。

 

■2025:「未来への種をまく」活動

 それから一年後の2025年、同じ土地に立ったとき復興は次の段階へと移行していた。瓦礫は片付けられ、再び土に触れ、草を刈り、豆をまくといった農作業に取り組んでいた。これらの活動は単なる労働ではなく「未来の種をまく」という意思の表れであり、生活を取り戻そうとする力強い営みであった。復旧から生活再建へ――その移行は、地域が再び息を吹き返し始めていることを示していた。

 

■2026:「コミュニティの再建」活動

 そして今回、2026年に訪れて感じたのは、その先にある「コミュニティの再建」がさらに一歩進んでいるということである。仮設住宅に併設された交流センターでは、足湯や酒場のような交流の場も定着しつつあり、そこでは住民同士だけでなく、外部から訪れた人々も交わり、新たな関係が築かれている。安価で気軽に立ち寄れる酒場は、人々が日常的に集い、言葉を交わす場として機能しており、そこには確かな「つながり」の回復が見て取れた。

 

■賑わいの場だけでなく、人間関係をもう一度耕し直す試み

 かつて、災害前に他の村や見知らぬ人と友人関係を築いたという話があったように、この地域には元々人と人とを結びつける土壌があったのだろう。現在行われているこうした取り組みは、その土壌をもう一度耕し、新たな形で関係を育て直す試みのようにも感じられる。人口減少や高齢化が進む中で、こうした交流の場は単なる賑わいづくりではなく、地域がこれからも存続していくための重要な基盤となっている。

 

■竹切り・草刈りは、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」

 また、去年の枯れた土地で大豆を試しに植えるところから始まり、現在では稲が安定して育てられるようになった風景を見て、土地が息づきを取り戻したと感じた。竹切りや草刈りといった作業も、単なる環境整備にとどまらず、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」としての意味を持っているように思えた。作業を通じて生まれる会話や協働の時間は、目には見えにくいが、確実に人と人との距離を縮めている。

 復興とは、壊れたものを元に戻すだけの過程ではない。それは、人々の関係や記憶、そして未来への希望を少しずつ編み直していく、長く続く営みである。2024年の緊急対応、2025年の生活再建、そして2026年のコミュニティの再生へと続くこの流れの中で、自分はその一端に触れることができた。そこには、目立たなくとも確実に前へと進む力があった。

 今回の経験を通して、復興の本質は「人」にあるのだと改めて感じた。この地に生きる人々の営みと、その中で生まれるつながりこそが、未来を形づくっていく。これからも、この静かな変化に目を向けながら、自分にできる関わり方を模索し続けていきたい。(李睿天:りえいてん/宇大大学院2年・災害研究)

 

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