気合入れすぎの1年間、でした!
15年前、3.11当時は川崎にいて宿ったばかりの双子がお腹にいる状態だった私にとって、災害は身近なものだった。でも当時は宇都宮に里帰りして産める病院があることに安堵していたし出産後は育児に追われていたしできるることなんて限られていた。
「能登の震災で何かできことはあるのか役に立てるのか」と思いスイッチが入ったのは昨年。事前ミーティングまで出て行く気満々だったのに、金曜発のスケジュール時間をまちがえ、出発時間に間に合わず!それから1年見送った。
念願叶っての今回。満々のやる気は維持していたけれどやっぱり不安もあった。道中長いし、気持ちだけではもちろんダメだから体力持つのか、見知らぬ人たちと行けるのか、留守にする間の家庭はまわるのか、などなど。でもまた1年待ってなんかいられない、行く!と決めてまずやったのは持病の薬確保のための通院、そしてヘアカット(笑)。そしてそして夫への上目使いからのお願い(苦笑)。こんな段取りで向かった集合場所のVネットでは拍子抜けした。もっと学生や学生並みの体力ありそうなメンバーが揃っているのかと思いきや・・。想像とは真逆。定年退職された方々。もう何回も何十回も参加されているという。私もできる!と確信した瞬間だった。
メンバーは様々な背景を持ち合わせている方々、面白くあったかい人ばかり。終始笑い声が響く。さらには宿泊場所の集会所では午前3時到着なのに、灯りや暖房をつけて待ってくれている人まで。
わかめ漁89歳、黒ニンニクくれた。じぃぃんとした。
数時間寝てメンバー同士で作った朝食を食べ、私は個人宅で引き受けてくれた足湯のほうへ。
お一人で住んでいるという女性の素敵な家にあがらせてもらい、足湯の準備をした。前もって動画を見ていたものの、経験のあるメンバーにレクチャーしてもらった。いざ89歳の男性の足湯を経験。わかめ漁をやっている方、口数は少ない、隣で同時に始めた自治会長の話を頷きながら聞いている。足湯に浸かってもらっている間、ハンドマッサージをしながら話を引き出したかったのだけどできなかった。最初だからこんなもんかな…。後で分かったことに、この男性、一度帰って、また来て自作の黒ニンニク持って来てくれた。じぃぃいんとあったかくなる。おじいちゃんありがとう。初黒ニンニク実食。おじいちゃんの心も感じ甘酸っぱかった。
「話すことは放つ」こと。苦い思いを閉じ込めたままにしない
足湯が終わると隣部屋でお茶会。保育士の女性から、秋くらいからボランティアはめっきり減ったこと、仕事がある金沢市のような都市に親世代が行ってしまったので子どももさらに少なくなっていること、残っている子は人数少ないから好きな部活には入れず、今活動している部活に入っていることを聞いた。自宅を開放してくれた女性は、地震後の豪雨時には能登を離れていたのでそのときにいなかったことで災難を免れたけれどそのことが返って能登の人たちへの申し訳なさが残っていると話してくれた。聞くことしかできないけれど「話すことは放つ」こと。苦い思いを閉じ込めたままにしないで良かったと感じた。
夕暮れ。ポスティングで大盛況! 100円飲み食いイベント
別れを告げて一度、寝泊りしている集会所に戻り、またみんなでお昼をささっと済ませて夕暮れ酒場の準備にとりかかる。仮設住宅の集会所で夕方から2時間限定で開くもの。今回、メンバーが早朝にチラシを一軒ずつ配布していた。メインは日本酒とおでん。しかもおでんの種類を増やした。期待大!オープン時間前には集まり座り始めた。メンバーと急いでおにぎりを握る。地元ボラの坂本さんも手伝ってくれた。栃木産も含めた日本酒数種類、冷蔵庫にビール、大鍋におでん、おにぎり、お菓子スタンバイOK。すぐさま嬉しそうにしている高齢男性から100円を手渡される。酒ならどれでもいいと言う。次から次へと来て座る。用意した座席はあっという間に埋まった。みんな1杯じゃ帰らないから頬っぺた赤くして次を頼む。会話も笑い声も緩んだ顔もミックスされていい空間に。ちょっと飲み過ぎたような男性は家の前まで一緒に行った。世帯ずつの仮設住宅は避難場所よりはいいかもしれないけど、人との距離はどうなんだろう、週末酒場で男性だからこそ集えて思いを出せる場っていいなぁ、もちろん女性も来てくれていたのでみんなで食べたり飲んだりって昔からある行事と同じだと実感した。
大盛況に大満足の私たちも帰って温泉に行き、地魚の刺身を分け合い、早めに就寝。翌日はスーパーおじいちゃんの柴野さんの果樹園の整理やハウスを建てるための伐採とその整備。みんなで泥だらけになりながら半日作業して帰路に着いた。
何でも自力の能登ボラ。料理力、運転力、体力、逆境乗越力も付く!
さて初めて参加した能登ボラ。単独での参加は最初こそ緊張もあるが年代もバックボーンも様々な集団だからこそ新入りの受け入れも柔軟で許容力がある。長い移動、どこでも眠れる術や自炊もするので、ある材料で調理する手腕も身に着けられ、力作業ではジムに行くより鍛えられ、逆境を力に変える人生の大先輩たちにリアルに会い、被災先の方たちの笑顔と感謝は自分に充電された。こんな私(母親)が不在だから夫(父親)が頑張り家庭をまわし父親力も上げてあげ、ジェンダー平等にも貢献し、ちょっといいことしたなぁと自己陶酔。
そんな夫に留守の間の感謝を込めて「フグの卵巣糠漬け」をお土産に。猛毒なものも糠の力か発酵か無毒化されているなんて、日頃うるさくわめいている私(猛毒)に能登時間(発酵)をプレゼントしてくれたこと関連あるに違いない。能登ボランティアは第2・第4金曜日出発、次はどうですか?(山本緑)
