Vネットは、電動アシスト自転車か。「社会のためにやりたい人」への力づけ~増田茂さんとVネットの物語~  

エコハウスとVネットと増田さんの深い関係

16日の「みんながけっぷちラジオ」では、エコハウスたかねざわの増田茂さんをゲストに迎え、「とちぎボランティアネットワークとたすけっとさん」というテーマでお話を伺った。高根沢町の環境学習館「エコハウスたかねざわ」は、NPOが施設を管理・運営をし、子どもへの環境学習のほか、リユースショップの運営や資源回収などの活動を行ってきた。その活動もまもなく(20263月)引退する予定だという。今回は増田さんの活動ととちぎボランティアネットワーク(以下、Vネット)との関わりを中心に、これまでの歩みを振り返った。

エコハウスたかねざわは2003年にスタートした。高根沢町からの委託を受け、Vネットが運営を担った。当時、Vネットの理事だった増田さんがエコハウス担当理事として立ち上げした。最初の3年間は委託運営、その後5年間は指定管理者として運営し、計8年間はVネットが運営していた。当初は、計画書や報告書の作成、予算設定に不慣れだったため、Vネット事務局長の矢野さんに助けてもらったという。

 

原点は、那須水害。よそ者も、お金も、みんな連れて来た

増田さんの活動の原点は1998829日に起きた那須水害。那須町に住んでいる増田さんは、発生当日、「何かできることはないか」と思い、近くの社会福祉協議会で待機していた。すると、自衛隊の食料支援車両が駐車場に入ってきた。裸足で汚れた服を着て、鍋を持った女性が続いて入ってきたという。増田さんはすぐに家に戻って靴を取りその女性に渡した。その光景は今も頭から離れないという。

翌日、矢野さんと阪神淡路大震災のボランティア関係者(震災がつなぐ全国ネットワーク)が那須町に入り、午後から社協で会議。「ここに災害専用のボランティアセンターを立ち上げよう」と決め、場所、資金、資材、組織、人集めなど準備を開始。地元住民かつ地元ボランティア代表で増田さんが事務局長となった。9/1「那須町水害ボランティアセンター」がスタートし、これが日本初の災害ボランティアとなった。1カ月で5500人のボランティアが450件の被災家屋の片付けをした。これがVネットとの活動の始まりで、その5年後エコハウスの立ち上げを行うことになる。

 

Vネットに救われた命

2010年頃、エコハウスの活動に没頭するあまり、持病の糖尿病を放置していた増田さん。ある日の会員総会で、当時の理事長が突然「緊急で審議したいことがある。増田を入院させる決議を取りたい」と提案した。審議の結果、満場一致で入院が決まった。検査の結果、それまで二型糖尿病(生活習慣病)だと思っていたものが、実は一型糖尿病であることが判明した。もしあのとき入院していなければ、失明や透析に至っていた可能性もあったという。Vネットは団体の活動を支えるだけでなく、「人」を守るネットワークでもある。増田さんは、Vネットの人たちの優しさに救われたと語り、深い感謝の思いを述べていた。

 

矢野さんのマジックワード「いいね!」「やろうよ!」「すごいね!」に背中を押されて

那須水害の支援のためにボランティアセンターで活動していたとき、「こういうことをやりたい」と話すと、矢野さんは必ず「いいね!」「やろうよ!」と言ってくれたという。少しでも行動すると「すごいね!」と褒めてくれた。この三つの言葉が、魔法のように増田さんの背中を押してきた。

Vネットがあるからこそ、安心してさまざまなことに挑戦できる。困ったときには相談でき自信もついてくる。そんな場所であることがVネットの大きな長所なのだ。

 

《編集後記》

Vネットのよさを改めて振り返り、再発見できたとても温かい放送となった。「いいね!」「すごいね!」「やろうよ!」という三つの言葉は、Vネットに関わっているとよく耳にする言葉だ。それに加えて「素晴らしい!」という言葉にも、私は何度も助けられてきた。私も、身近な人を認め、応援できる存在になりたいと思う。(ラジオ学生 野田)