原発を詠おうとしているのではく、原発が「日常」になったから詠う。

 923日の「次世代に伝える。原発避難15年目ラジオ」は、福島県浪江町出身で歌人の三原由起子(みはらゆきこ)さんをゲストに迎えた。三原さんが短歌と出会ったのは中学生時代。不登校になったときに先生から声をかけられ、高校生から短歌を始める。その後も歌人として活動を続けた三原さんだが、大きな転換期となったのは原発事故。事故をきっかけに20119月に東京・下北沢で「いりの舎」という出版社を立ち上げた。現在は一般社団法人浪江町地域文化フォーラムの理事として浪江町の文化や歴史の継承に努めている。

 

—復興と言われてしまえば本当の心を言葉にできない空気―

 

この歌は三原さんの歌集『土地に呼ばれる』の中の一首。事故後、「復興」という言葉が免罪符のように使われ原発事故がなかったことにされている。元々建物があった場所は更地に変わり何もなかったことになり、CMなどでの広告で見せかけの復興が謳われる。見せかけの復興に対してそこに住んでいる人は違和感を抱いているにもかかわらず、本当の気持ちを言えないのが現状だ。

 

「表現しなければ誰にも伝わらないし、自分の代わりはいない」

 

事故前に三原さんが短歌のテーマにしていたのは仕事や恋愛などの何気ない日常のこと。だが事故後は原発事故の影響が日常になり、原発について詠うことも多くなった。311日を起点に日常が変わり自分の生活が原子力災害と関わるようになったからだ。三原さんが原子力災害を詠う理由はそれだけではない。被害にあった人間が表現しなかったら誰が表現するのか、という意識が原動力にもなっており、「表現しなければ誰にも伝わらないし、自分の代わりはいない」と語った。

 三原さんが短歌を詠う上で大切にしている価値観は、「美化しないこと」。美化して明るい世界を演出するなどしたくない。見せかけの言葉を使わずに自分の心に忠実に表現することを大切にしているという。

 

福島の故郷を、栃木で語る。県外での開催は未来への種まき

 

 ラジオ当日。直前まで小山で「浪江を語ろう!スピンオフ企画 双葉郡を語ろうin小山」が開催されていた。双葉郡出身の避難者約30人が参加したこのイベントでは、三原さんを含む報告者が震災直後と現在の町の写真を比較しながら、郷里を参加者と一緒に思い出した。写真が映し出される度に懐かしむ声や景色の変化に驚く声があがり、終始アットホームな雰囲気のイベントだった。

震災前の思い出や共通の話ができることで、原発事故が起きた場所というフィルターを外して純粋に福島の記憶を楽しみながら共有し、そしてその記憶を後世に残すことができる。

事故が起きてから15年目の現在も県外で避難生活を続けている人は多い。「浪江や双葉郡を語るイベントをその土地だけでなく県外でも開催することで、未来への種まきができる」と三原さんは語る。

 

原発事故は福島だけの問題ではなく、みんなの問題

 

すぐには活動や意識が広まらなくても、何年か後にふと思い出した時に自分の意識となって考えるきっかけになる。原発事故は福島だけの問題ではなく、みんなの問題である。原発事故に限らず、1人でも多く社会に関心を持ち続け、社会課題を「みんな事」として考える人が増えてほしい。

【ラジオ後記】

 三原さんの歌集『土地に呼ばれる』(2022、本阿弥書店)を読み、素直に感じたことを素直なまま言葉に表現しているからこそ、事故に対するありのままの想いが届いて苦しい部分もあった。映像で見ているわけでもなく音が聞こえるわけでもないのに、文字だけで私の心が突き動かされていく感覚が不思議だった。改めて原発事故の被害にあった人たちの声を知ることの大切さを知るとともに、私がまだ知らない表現方法で原発を継承している人がいるかもしれないから、もっと知り続けたいと思った。(ラジオ学生とま)

 

三原由起子さんの歌集はこちら↓

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