「双葉町で生きて双葉町で死ぬと思っていた人が、双葉町で死ねないことも災害関連死だ」

7月22日のみんながけっぷちラジオは北村雅(きたむらただし)さんをゲストに迎えた。北村さんは福島県双葉町出身で、現在は栃木県小山市で暮らしている。防災士、シンガー、劇団のサポートなど多方面で活躍している。そんな北村さんに「小山市から原発事故を語り続ける」というテーマでお話を伺った。

 

震災・原発事故を知らない人に3・11を語る 

 北村さんは毎年3月11日に小山市内の喫茶店で東日本大震災や原発事故について話し、振り返る場を設けてきた。そして今年は3月8日から3月13日にかけて小山市民ギャラリーまち美で「東日本大震災・原発事故と防災」展を開催し、北村さんの講演会のほかに自身の書籍などの展示、東日本大震災や原発事故に関わった人や活動してきた人の講演会を行った。

 小山市で原発事故について話すことの意義は、震災を体験していない市民に対して北村さんの考えや体験を伝えることだと言う。小山市は自然災害が少なく、東日本大震災の時も建物倒壊の被害などはなかった。震災のことを知らない人たちに向けて話し、理解を深めてもらうことは難しそうだ。しかし、北村さんは「福島県では、震災を経験した人にはお互いに話せないと言う。福島県内で震災について語ったり、学校の授業で触れたりしにくい風潮がある」と言う。つまりタブー(禁忌)になっているのだ。だからこそ、原発避難を客観視できる栃木県、小山で震災・原発事故を伝えている。

 来年は原発事故から15年という節目の年だ。原発事故について話す機会をどんな形で設けるかはまだ模索中だという。

 

「原発は国策だ。」当事者は日本人全員

 東日本大震災から今年で14年。被災者の原発事故に対する考えに変化が見られるという。当時は原発を憎む声がほとんどだった。今も被災者の気持ちは晴れないままだが、最近では「原子力発電所があったから生活できたんだ」という声も出るようになった。原発による恩恵と、原発事故による被害は別問題だ。北村さんは講演会などで、「そもそもなぜ原発が建設されたのか」について話すようにしている。「原発は国策だ。この国に住んでいる以上無関係ではないことを胸に刻まなくてはならない」という。

 

被災者、避難者を個人として捉える視点

 東日本大震災、原発事故による被害は様々で、被災者の体験と考えも誰一人として同じではない。毎年3月11日なると津波による死者数が報道されるが、単に数で捉えるのではなく、「一人ひとりが違う」のだ。北村さんは、「双葉町で生きて双葉町で死ぬと思っていた人が、双葉町で死ねないことも災害関連死だ」と捉えている。故郷を奪われた人たちの声が国政に反映されていないのが現状だ。

原発事故の説明は社会科の教科書でたった3行で終わってしまう。3月11日に何が起きたのか、どのように人々が向き合ってきたのか、生きている人が語って伝えていくことが必要だ。

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《放送後記》東日本大震災と原発事故に対する問題意識が薄れつつあることは大きな問題である。また、薄れるどころか最初から問題意識を持っていない層を巻き込んでいくことも必要だと思う。「原発は国策である」ということの言葉の重さを感じ、私を含める日本に生きる全員が当事者だと言うことを受け止めなくてはならない。(ラジオ学生 野田)