
宇大で能登にインタビュー…住民4割に、寺3つは再建不能?
今回の(宇都宮大学の)活動は2024 年 1 ⽉に震災、9 ⽉には豪⾬災害に⾒舞われた奥能登に行った。
地域のキーパーソンへの取材で、⽯川県輪島市町野町の⾦蔵地区に住む⽯崎英純さんに出会い、お話を伺った。
一緒に⾦蔵の誇る寺院をめぐりながらこの地域がどのような歴史をたどり今に⾄るのか、⼼惹きつけられる伝説の数々とともにお話しいただいた。また、これまでに石崎さんが⾦蔵をより良い地域にするために取り組んできた「⾦蔵について考えようの会」や「⾦蔵学校」など様々な活動についてもお聞きした。
中でも特に印象に残っているエピソードが「なぜ⾦蔵で地域おこし活動を続けるのか」という私の問いに対する石崎さんの答えであった。
現在、⾦蔵では⾼齢化に加え、昨年の震災により稲作が困難となったことで⼈⼝の流出が加速し、過疎化が急激に進⾏している。家屋こそ無事なものが多いが地域内での営みの継続は難しく、100人いた住⺠の4割は避難した。また戻ってきた人も2割は集落から離れた仮設住宅に住み、実質4割程度(40人)の住⺠しか戻れていない現状であった。加えて⼈々の精神の拠り所である寺院のうち2つは復旧が進んでいるが、そのほかの3か寺は住職が戻らず、場合によっては寺の復旧がなされない可能性もあるとお聞きした。
「ふるさとを守る」強い意志
この現状だけを⾒れば「地域としての存続は⾮常に困難」な状況であると感じてしまった。では、この状況で⽯崎さんがこの地域で活動を続ける理由は何なのかお話をお聞きした。
それは「ふるさとをまもる」という強い意志に基づくものであった。ふるさととは、⼀度そこから出ていこうがそこに居続けようが、最後には⾃⾝がかえり着く場所であり⾃分にとって⼤切な⼼の拠り所である。だからこそ⾃⾝が社会に疲れ、癒しや安寧を求めたときに戻れるところ、かえれるところ、あるいは逃げられる場所(=ふるさと)を維持しておかなくてはならない。
また、⾃分のふるさとは、⾃分の⼦供にとってもふるさとであり、かえる場所ということもできる。すなわち、⾃⾝が親になることで「ふるさとをまもる」理由がまた⼀つ増えるのだともお聞きした。
最後に、これから⾦蔵を訪れこの地域に移住したいと思う⼈々にも、何を「まもりたい」と感じここに来るのか、深く考え、⽣涯を通して守り抜いてほしいと語っていた。
「まもりたいもの」は考え方として、重要
このお話を通して、「まもりたいもの」という考え⽅は今回のような地域おこしに限らず、これから先を⽣きる私たちにも重要な考え⽅であると感じた。これから先、⻑い⼈⽣を通して様々な場所を訪れ活動をしていく中で、なぜその活動を⾏うのか、その根元にあるものは何なのか、⾃⾝に問いかける際の⼀つの答えとして「⾃分の守りたいもの」は何か問い続けていきたいと感じた。
(黒尾寛太/宇都宮大学・大学院2年/地域創生科学研究科・社会デザイン科学専攻・建築学プログラム)