
1月28日の「次世代に伝える。原発避難13年目ラジオ」では、ゲストに浪江町出身の田中えりさんをお招きした。日本大震災当時、宇都宮大学の一年生で、浪江にいた田中さんの家族は一人暮らしのアパートに避難してきたという。ご家族は現在もふるさとを離れて栃木県で生活を続けている。(田中さんは来月から原発避難13年目ラジオ(第4火曜)のコメントお姉さんです。乞うご期待!)
生活基盤を失う。脆弱な人をより苦境に立たせた支援打ち切り
田中さんにとって原発は生まれた時にはすでにあり、生活の一部だった。田中さんは、皆が安全だと言っていた原発で事故が起き、急に自分の地元やよく知る地名が毎日ニュースに出てきて現実を受け止めきれずに戸惑ったという。福島原発事故では、放射能漏れによって16万4800人が避難を余儀なくされ、生活基盤を失った。2017年3月末の区域外避難者(=自主避難者)への住宅支援打ち切り以降、特に脆弱な立場にある人が住まいの確保や生活費の負担などの問題で苦境に立たされた。「原発避難はただの引っ越しではない。原発被害者は、避難を強いられたことの大変さや辛さを軽視する世間の声、自分や家族の健康への不安や恐怖と共に生きてきた」と田中さんは言う。
自己決定権の侵害。「住みたい人も、住みたくない人」も追いやられる。
福島では、避難生活を続けたくても続けられない人もおり、「自己決定がなされない」という現実が突き付けられた。浪江町を含む避難区域は、政府の指示により避難解除になるまで誰も町に住むことができなかった。また逆に、避難者の生活再建が進んでいない状態で「追い出し裁判(※注)」も行われ、〝国内避難民〟の権利が侵害されるような出来事も多発した。
1986年のチェルノブイリ原発事故後では「チェルノブイリ法」が制定され、国民投票や住民の意思による避難や居住の選択が可能であったが、福島原発事故ではそのような政策は打ち出されなかった。日本では「居住の権利も、居住しない権利」もなく、自己決定権を尊重する考えがなかった。
13年前、原発事故によって多くの人々の健康や生活、そして日常の幸せが脅かされたにもかかわらず、国は今もなお原発を手放そうとしない。
「2023年以降は再稼働がどんどん進み、次に事故があった場合の議論はほとんどなされない中、再稼働の話を見聞きするたびに、かさぶたを剝がされる気持ちだ」と田中さんは話す。
心の傷、「時間が解決しない」。PTSD発症は「戦争レベル」
心は目に見えない。原発事故から14年近く経った今でも、避難を強いられ、その選択を負わされた多くの人が心の傷(心的外傷)を抱えている。田中さんも「帰る実家がなくなり、一緒に生きてきた先祖代々続く土地が奪われ、ずっと続いていくと誰しもが思っていた未来が突然断ち切られた」思いがあるという。さらに心の傷は、帰還困難区域に住んでいた人たちだけでなく、「自主避難者」も同じように高いストレス状態にあるという。早稲田大学の避難者1万6000人に対するアンケート調査では、4割の人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていると推定された。この数値は日本の災害のでも突出した数字で、むしろ戦争、沖縄戦で見られたレベルの値という。
田中さんは「この辛さは時間が解決すると思っていたが、傷が癒えるのではなくどんどんつらさが増している」と話す。「本当だったら地元で過ごせたはずだったのに、それがなくなった」という事実を痛感する日々が続く。復興が謳われ原発事故が風化することで、「大した被害ではないと言われている感覚」も蓄積する。大切な場所が奪われた心への負担は想像するよりもずっと大きい。
見えにくい「原発の被害」を言語化する。社会を変えるためにも「対話」
私たちは、原発事故後の今を生きる社会の一員として、「誰もが当事者であり、誰も無関係でない」ことを忘れてはならない。「原発事故があったことよりも、そのあとの人生を生きるほうが辛い」という人もいる。原発事故とその後の困難な人生経験がもたらすという被害は、あまりにも軽視されている。このような社会を変えるためには、当事者である私たちが共に考え声をあげ続けていくことが必要だ。これは原発に賛成か反対かという単純なものではない。この問題がどんどん複雑になる中で、「自分は今こう思うという対話を続けていきたい」と田中さんは語った。
今回、田中さんが伝えてくれた言葉を忘れずに、この問題について批判的に考え、それを伝える努力を続けたい。(ラジオ学生山本)
※注:追い出し裁判とは、主に賃貸住宅や仮設住宅などに住む人々に対し、貸主や自治体が退去を求めて提起する裁判を指す。福島第一原発事故に関連しては、避難者が住んでいた国家公務員宿舎や民間借り上げ住宅(みなし仮設住宅)からの退去を求める訴訟が起こった。
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