「すべての被災地に思い入れがある」。チームの力を引き出すボランティアコーディネーターが重要

避難所に9泊10日。阪神大震災、高校生ボランティアがきっかけ。

 10月18日みんながけっぷちラジオのゲストは柴田貴史さん。ボランティアコーディネーターとして30年ちかく災害の現場に携わっている。

災害にかかわるきっかけは高校時代。1995年に起きた阪神大震災で、Vネットでは栃木から神戸に行くボランティアを募集していた。被災地の惨状を知り「自分にも何かできないか」と考えていた高校2年の柴田さんは現地に行くことを決意。高校生も親の承諾書があればボランティアで現地に行けたのだ。

現地の活動は、神戸市鷹取中学校で避難所運営だった。9泊10日、避難所の体育館に寝泊まりをしながら、被災者と毎晩話し合い、支援プログラムを考えていたという。「自分にとって見るもの、経験するもの、全てが初めて。何をしたら自分が役立つのか分からないまま、手探り状態だった」と当時を振り返る。

 

災害ボランティアは、毎回毎回がスペシャルなチーム。

 阪神大震災を契機に数々の災害現場に携わってきた柴田さん。これまでに印象に残っている被災地について尋ねた。

「すべての関わった被災地それぞれに思い入れがあって、どれかひとつに絞れない。災害は同じ季節、同じ場所で起きる訳じゃない。そして今日のボランティアが次に来るとは決まってない。そんな状況で、そこに集まったメンバーで最大限の力を出す。ボランティアは毎回毎回がスペシャルなチームなんだ」という。いろんな知識、技術を持つ人が集まっていて、それぞれできることが違う。経験者も初心者もいる。そんな中で集まったチームの力を最大限引き出すのがボランティアコーディネーターなのだという。

私は、大きな災害を目前にすると自分の力では無力だと感じてしまい、やる前から諦めがちだったが、柴田さんの話を聞いて、30年間で災害ボランティアという頼もしい「助け合いの文化」が生まれたのだな、と思った。1人ずつの力は小さいが、それが数多く集まればいいのだと。

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 取材に際して、私も柴田さんに同行して災害救援ボランティアに行ってきた。9月の台風15号による被害を受けた静岡市へ。2500棟の浸水被害があり、現地では浸水した家屋の床や壁を剥がしたり、床下の泥を掻き出したりした。初めての環境で右も左も分からず、他の人の邪魔にならないよう必死だったが、他のボランティアは不慣れな私もフラットに受け入れてくれた。さらにボランティアそれぞれのやりがいや思いを聞くこともできて、とても刺激を受けた2日間だった。【佐藤優】