●「現場はもう限界!」「施設優遇、外国人介護労働バッシング!
介護保険の在宅福祉サービス最前線で活躍している塩澤達俊さんから「現場はもう限界!」という悲鳴が聞こえてきたのが今回の企画の始まりだった。介護保険は3年ごとにその報酬が改訂される。「施設から地域へ」と叫ばれていながら、その報酬は「施設に厚く、地域に薄い」印象。そうした中、サービスは用意されていても使えない状況が生まれてきている。なぜなら撤退する事業者は増え、介護の仕事をしたい人は減り、それを補うため現場では海外からの労働力に期待する声が強いにもかかわらず、外国人パッシングが叫ばれる。しばらくは地域で増え続けると思われる介護ニーズに対して、私たちはどのように対応していけば良いのだろうか?
●俯瞰してみた様々な地域の状況
これに対して、全国コミュニティライフサポートセンター(CLC)を運営しながら、長年にわたり地域福祉を見つめてきた池田昌弘さんから次のような報告があった。
①「介護の社会化」の名の元に、介護保険は家族を介護から完全に自由にするかと期待したが、なかなか難しい状況になっている。
②家族が一緒に暮らせない単身世帯が増えている。
③年金だけで暮らしていくことは難しい。80になっても元気なら現役を続けて、みんなでお金を回さないといけない時代が来ている。
④自身の在宅介護体験から言っても「在宅」か「施設」と単純に切り分けて考えられない状況が生まれてきている。
●「市民」の出番はあるのか?
この「酒場討論会」の趣旨は、未来のVネットの方向性を考えることにある。そこで塩澤さんからこうした現状を踏まえて、Vネットとしてはどの様に考えていけば良いのか?、「市民」の出番はどこにあるのか?という投げかけがされた。
まずNPO法人「まごの手」の小暮さんから、佐野市で行われている介護保険外サービスの事例報告があった。制度の狭間でサービス事業者が見つけられないとき、地域のケアマネージャーから様々な相談が寄せられる様子が報告された。
しかしこうした団体がない地域はどうしたら良いのだろうか?、こうした問いかけに対して、池田さんから次のような指摘があった。
●介護保険制度が地域のつながりを減退させた?!
「介護保険ができる以前には、地域の中で様々なお互いがお互いを機にかけあう関係があった。ところが介護保険はこれらを全て保険制度に置き換えていった。すなわちこれまであった相互に気にかけあう関係の多くは、介護保険のサービスに置き換えられていった。そして最終的には家族は介護から解放される、そんな幻想を地域に与えた。ところが高齢化の進行と共に、その予算が膨らみ、また少子化による人材難もあってその限界が見えてきた。
その結果2015年の介護保険改定では突然、『特別養護老人ホームは要介護3以上の人しか入れません。要支援のサービスは介護保険から外します』と言い出し、全てのサービスが介護保険で賄うことには無理があることが露わになった。
さらに50年後の人口推計を見ると労働人口は現在の1/3になってしまう。ということは年をとっても元気なうちは働かないと社会が成り立たなくなる。もう以前のような専業主婦や自営業者で日中暇だという人はいなくなる。こうした中、高齢者の地域のサロンも解散するところが出始めている」と池田さんは言う。
●宇都宮では…「在宅サービス単体の事業者の廃業」でギリギリの状況
これを受けて塩澤さんから宇都宮の現状も報告された。「栃木県の在宅介護の現場でも今後ますます従事者不足が生じることが指摘されている。行政はサービスのメニューを作る。ところが人手不足でそれを受けられる事業者がいない。しかし行政からは新しいメニューへの対応を迫られる。こうしてそのしわ寄せは介護保険事業者に来ている。その結果、特に施設を持たない在宅サービス単体の事業者の撤退が相次いでいる。今のところ残された事業者で必死にカバーしているが、これもいつまでカバーできるかわからない、ギリギリの状況に追い込まれつつある。世間は『市民』の出番だという。しかしその期待できる『市民』も地域には見当たらなくなってきている」
●ルール化されない「自由なつながりの場」の回復。専門性は関係性を補えない⇒気にかけあう関係「サロンに来ない人を話題にするサロン」。
訪問介護の現場では専門性が求められる。しかし相互の関係性ではその専門性までも補えないのではないか? そんな疑問が投げかけられた。
それに対して池田さんは続けた。「制度にはルールがある。しかし親しい関係にはルールはない。介護保険は住民の相互扶助の関係をルール化してしまった。ルール化されない相互の自由なつながりの場をどう回復するのかが重要」という。
またこうした指摘もあった。「全国を回ってサロン運営者と話をすると、決まって『サロンに来ている人はいい。来れない人はどうすればよいのか』という問いが投げかけられる」。こうしたときに池田さんは決まって次の様にアドバイスする。「サロンに来ている人たちの間では、決まって『サロンに参加していない〇〇さん、大丈夫かな?』」という話になる、すると中には関係を持っている人がいて『〇〇さん、昨日は元気だったよ!』という話が出る。この様にサロンの中でお互いに気にかけあう関係があれば全く問題ないのではないか?」
●唯一の解決への糸口⇒『自分の仲間を作っていかないと無理』
こうした八方ふさがりと思わされるレポートが続く中、池田さんから解決に至る糸口が示された。
「『自分の仲間を作っていかないと無理』、いわゆるママ友とか、自分の仲間を自分で作っていくことが求められている。今の80代、90代の世代はかつてそうだったのでそれほど難しいことではないかもしれない。しかし我々含めて今の若い世代はどうだろうか?」
「地域でのサロン活動もかなり活発に行われている。しかし行政はその実施の頻度と人数にしか関心がない。本当はそれを行うことでお互いに気にかけあうという関係性の回復につながっているかどうかが重要だ。自分が困ったときに助けてくれる関係、迷惑をかけあえる関係をどれだけ作っておけるかが重要ではないか? そのスタートは『自分が助けられたから自分も助けてあげる』という小さな行為から始まるのではないか」
さらに続ける。「私たちはお互いに迷惑をかけてはだめだ、と教えられて生きた。しかし一人で死ぬとき、自分の後始末は自分ではできない。人に頼らざるを得ない。大人同士が互いに気にかけあう関係をどのように作っていけるかが、未来の子どもたちの相互の関係づくりにつながる」
●介護事業者は国の方向に合わせすぎ。「既につながっているところりに目を向ける」
加えて池田さんの指摘は続く。「介護保険ができて、介護事業者も地域も国の方向に合わせすぎているのではないか? 本来は地域で事情が異なる。その地域ごとに考えなければならないのではないか? 同じ仕様書では通用しない」
「孤立が問題になるが、本人は困っていない、そんな事例が見られる。なぜ困らないのか、それは誰かが助けているからだ。課題解決ばかりに捕らわれず、実際の現場でできていることにもっと目を向けるべきではないか? 同様に個別支援を考えるときも、つながりのないところにばかり目を向けるのではなく、つながっているところに目を向けないとつながりの回復にはつながらないのではないか。介護保険制度のルールにばかり目を取られることなく、現場で自由に解決策を考えていく必要がある」という。
●参加者から活発な意見が…
塩澤さん、池田さんの話を聴いて、主に会場の参加者から感想や意見が活発に寄せられた。
「カンボジアではいろんな人が自然に助けてくれた」学生
「青森の田舎にはまだお互い助け合う文化が残っている」学生
「先日電車に乗ったとき、シルバーシートの前に立っても誰も席を代わってくれなかった」
「自分が助けてもらった。ゆえに自分も助けてあげられる。小さな行為が全ての始まり」
「商品としての介護から、インフラとしてとらえたサービス提供の転換できないか?」
「地域には地域包括センターに相談に行けない人がいっぱいいる」
「支援ですぐに全ての課題が解決するとは限らない。時間をかけて伴走しながら継続して支援することも大切」
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