牧田さん(48歳:仮名)の提出した履歴書には、過去の素晴らしいキャリアが並んでいた。社員のマネジメントやマシンのオペレーションを得意としていたが、夜勤による体調不良を懸念して5年前に退職。その後農業や製パンを学び、キャリアと技術を活かして人の役に立つ仕事をしたいということで福祉作業所のスタッフの面接に来た。
しかし採用面接に現われた牧田さんの第一印象は、履歴書の人物とは大きくかけ離れていた。イスに斜めに座り、すべての質問に口ごもり、愛想笑いで回答を避けた。発達障害か精神障害があるのでは?と感じた。
「こんな履歴書を書いていたら、ここが彼にとって最後のチャンスかもしれない、何とかしてやらないと…」という義侠心に駆られて、採用を決めてしまった。
●「職員というより、利用者です」
希望を叶えてあげたい気持ちと、本人の特性を生かした業種を見つけてたい気持ちで準備した職員としての業務は、パン製造、弁当・総菜事業、自主農園の運営、農家での援農、の4種類。本人の希望や、得意、できる、の意思表示に従って、先輩職員のもと試用期間として業務に取り組んでもらった。
休むことも遅刻することもなく職場に通い、決まった時間に利用者のためにお弁当を運ぶ姿を見て安心していたのだが、普段から知的障害者の就労支援をしている職員からの報告では「支援員も作業員も務まらない“支援対象者“である」ということだった。約8か月間で4事業すべてにかかわったが、どの担当者からの報告も異口同音。面接での様子から、強みを見つけてほしいとお願いしていたのだが、かえって「できないこと探し」になってしまった。
例えば、全般的に段取り通りに作業ができず、段取りをすることも当然できない。今、何の材料を何グラム量っていたのかがわからなくなってしまう。ピーラーが使えず、野菜の切り方(現物と手本を見せるが)もできない。畑に出てニラの周りに生える雑草を抜くが、ニラを踏みつけてしまい「商品にならない」とクレームがくる。注意や進言をしても、本人の自己評価は高く、間違えや失敗を認めることは一度もなかった。
●突然の退職。「障害の受容」ができていないかも…
最低賃金すれすれで働く職員の時給は900円で、支援を受けながらB型事業所で作業する利用者は時給200円(月額工賃2万円)。そのなかで牧田さんを職員として守り続けるのは正直困難となってきた。
牧田さんは両親を亡くしており、アパートで猫と暮らしている。生活を維持するには収入確保は必要不可欠。何とか働き続けられるようにと、事業所の長として、勝手に方向転換し、本人との面談や、専門機関による就労アセスメント、これからの生活について“障害ある人”としての相談援助を開始した。だが、これがよくなかったのか、牧田さんは突然退職してしまった。自らの弱みに確定診断がつけられるのを避けたかのような素早い対応であった。
クローズ(障害や困難を隠して)で働く人の苦悩は、支援者としてわかっているつもりだった。しかし、配慮というものの中には、その人の背景や思い、その人との関係性からでたニーズに基づいて行うことも重要であることを教えてもらった。
次に牧田さんに出会ったのは、2年後のフードバンク。こことちぎVネットでやっている「ユニバーサル就労」の利用を、自分で申し出てきた。あの当時からあったのか、その後取得したのかわからないが精神障害者保健福祉手帳2級を持っていた。障害者雇用枠で採用された職場での「配慮の欠けた労働環境」から抜け出すべく、ユニバーサル就労にやってきたのだった。(牧)
※ユニバーサル就労は、全ての働きづらい人のための中間的就労の仕組みです。障害者・若者以外にも働きづらさがあります。仕事になじめない人の就労支援をしています。電話028-622-0021(とちぎVネット内)