災害救援

 

能登地震

奥能登・週末ボランティア

隔週・金発(第2、第4金)

⇒みんなで運転2泊2日(第2金19:00発)

⇒ボラバス2泊3日(第4金12:00発)

輪島市 町野町は、ボランティア「極少」地区です。

ボランティアセンターなし、コンビニ・飲食店なし。住民も50㎞以上離れた市外の2次避難場所から自宅の片付けに戻ってきています。家の解体・修理前の家財の取り出しや、仮設住宅や在宅避難の見守りなどの活動が必要です。また、草刈りなど援農ボランティアも必要です。

片付け、援農、足湯ボランティアやお茶会のボランティアを募集します。

隔週で実施!

 

【支援の計画】

○支援する場所:石川県輪島市・町野町

○活動:避難所・仮設住宅の支援わり(お茶会、足湯ボランティア)、在宅避難者のニーズ調査、家屋の片付け、引っ越し、農地・宅地の応急復旧など。

 

■行程① ボラバスコース(第4金12:00発)

・現地で土/終日、日/半日の活動。

・毎週金の昼12時に出発。日曜21時宇都宮着/東京方面の人は高崎線新町駅で降車。

 ○ 宿泊:現地のホテル。1泊2000円(学生は半額を補助)、寝袋持参。

 

■行程② みんなで運転コース(第2金19:00発)

・現地で土/終日、日/半日の活動。

・毎週金の夜19時に出発。日曜21時宇都宮着、東京方面は19時に高崎線・新町駅降車。

・ミニバンや乗用車(5~7人)を皆で運転して現地に

行きます。金曜の仕事が終わった後に出発し、土の早朝着、仮眠して10時から活動します。地域の人とどっぷり活動ができます。

  ・運転のみボラも募集。運転できない人も募集

  ・車出してくれる人も募集

 ○ 宿泊:現地の集会所等。1泊1000円程度、寝袋かシーツ持参。

 

〇 連携団体:NGO結、風組関東など。

○ 食事:宿泊場で自炊(運転コース)、またはコンビニ等で調達。

○ 参加費:3000円(本会の年会費。2回目以降はなし)

○ ボランティア保険は自分で加入してください

      https://www.saigaivc.com/insurance/

〇 報告会とボランティア事前説明会を、毎週土曜18:00~事務所で行います(オンライン参加も可)

〇 未成年者は保護者の承諾が必要です。

○ 持ち物:着替え、寝袋(夏はシーツのみでもOK)、洗面用品、タオル、長靴、カッパ(傘)、保険証 ○服装:動きやすい服装

 

金・発⇒日・戻り

①みんな ・7/12⇒14 ・8/9⇒11  ・9/13⇒15

②バス  ・7/26⇒28 ・8/23⇒25 ・9/27⇒29

※その後も計画中。12月まで実施予定

 

※なお各種の都合で活動便が中止になることもあります。バスは定員が7人以上にならない場合中止か、みんなで運転していくことに変更します

※災害NPO、NGOなどで独自に派遣計画を立てたい方も歓迎です。相談に乗ります。

※個人の自家用車等で現地に行く人も歓迎。連絡ください。

 

◆グーグルフォームから申し込み こちら>>https://forms.gle/YKgdQ5RftqFr8jyi8

◆申込/電話028-678-3155

 

応募のやり取り

①グーグルフォームに記入する

②応募から3営業日以内(日月祝休業)に事務局から仮受付メールが届きます

 ※詳細情報についての資料も添付いたします。

③出発日までに参加可能な説明会の日程

 (説明会は毎週土曜日18:00-)

 を事務局宛てに返信してください:tvnet1995@gmail.com

④受付完了

 

※フォーム送信後3営業日以内(日月祝は休業)にメールが届かない場合は、お手数ですが「とちぎボランティアネットワーク・028-678-3155」までご連絡ください。

※必要事項を明記したメール(③)が事務局で確認できなかった場合は応募取り消しとなりますので、ご注意ください。

 

認定NPO法人とちぎボランティアネットワーク

電話028-678-3155 FAX028-678-3176 ■https://www.tochigivnet.com ■メール info@tochigivnet.jp


 

毎週土曜 18:00-19:00時 説明会・報告会・会議(リアル&ZOOM)

興味のある方はどなたでも参加できます。事前申込みは不要。

>> こちら  


足りない名簿

7/20現在


寄付募集


ブログ(活動日記)


奥能登 町野に行きませんか。毎月2回ボラ募集

 

 町野の人たちは優しく、強い。ボランティアで訪れると誰も彼もが、「来てくれるだけでありがたい」と笑顔で答える。

 まるで町野中に、ボランティアに聞かれたらこう答えましょう、という問答集が回覧板で回っているのでないかと思うほど、一様に笑顔でこう答える。

「来てくれるだけでありがたい」

 穏やかな元日のくつろいでいた時間を大災害で奪われ、突然に親しい人との別れを余儀なくされ、水も電気も情報もない過酷な時間を過ごした奥能登の人々。悲しく悔しく寂しく辛く絶望に襲われたことは容易に想像できる。今も先の見えない不安を抱えている。

 私たちボランティアが何の気無しに向けるスマホのレンズに憤りを感じたことがないだろうか、私たちボランティアの不用意な一言で心の傷をえぐられたことはないのだろうか・・・。

 話をしていた時に2回だけ、憤りと苛立ちを滲ませた目を見たことがある。しかし、それもほんの一瞬のこと。次の瞬間にはいつもの穏やかな笑顔で、

「来てくれるだけでありがたい、また来てほしい」

 一人の人間にできることは限られている。ごく僅かなことしかできない。それでも町野の人たちが「来てくれるだけでありがたい」と言ってくれるから、今月も会いに行く。

 何もできなくていい。行くだけでいい。難しいことは何もない。私や、あなたの存在が、町野の人たちの力になる。

 町野へ行きませんか?(M.Masaki)

 

◆ ◆ ◆

 

行こう奥能登へ。毎月第2第4金に出発、戻り日曜深夜

第2金19:00発(2泊2日) みんなで運転コース:定員8人…費用(食費など)割り勘

第4金11:30発(2泊3日) ボランティアバス:定員15人…費用(1泊2000円など)

●草刈の時期です。

●足湯もあります

●家の片付け、家財出しもあります。

  詳細・申込>>>こちら

私の1歩がその先にいる誰かの役につながると信じて、活動したい

●「人生の岐路に立っている」ので能登ボラ

6/28~6/30の2泊3日で、能登半島災害復興支援ボランティアへ行ってきました。私自身、今回が初めての災害ボランティアで、どんな現場で何をするのか?何ができるのか?と不安も多い中での参加でした。

 参加した理由は、栃木にいながら大きな地震を体感し(なんとなく)能登半島地震を身近に感じていたからです。また、私自身、人生の岐路にたっていると感じており、もし何か自分にできることがあれば、なんでもやりたいとの想いから今回の参加に至りました。

 能登の現状は、半年たった今も復興が進んでおらず、倒壊した家が町中に並んでいました。地域によっては未だ断水が続いており、隣の町まで給水に行っている方もいらっしゃいました。住居のすぐ後ろにある山は、崩れかかっており、地震だけでなく、これからの季節の雨風による土砂災害も心配なのが現状です。

 

●出会った人と、干上がった漁港の草刈り…

 現地での活動は、様々な活動をスタッフで手分けをしながら行いました。私は、足湯の提供や、ご自宅の片付けなどに携わりました。終始笑顔で話されてる現地の方たちの、一瞬表情を曇らせながら話す、震災当時や現在の想いに言葉が出なくなることもありました。

 様々な活動を行う中でも、特に印象的だったのは、早朝の散歩中に、たまたまお会いした方とお話をしたことで、その日の活動につながったという出来事です。この真浦地区は2mの海底隆起で漁港が使えず、水も出ないので生活ができません。14世帯のほぼ全部が地区外に避難してます。お住いは車で1時間ほどの場所へ避難しているそうですが、犬の世話や周辺の草刈りに通っているとの事で、膨大な敷地を1人で草刈りをしているところでした。

 私たちボランティアが、草刈機を栃木から持ってきていたので、ぜひそれをやらせてほしいと、その日の午前中はスタッフ一同で、漁港周辺の漂着ゴミ拾いもしました。いつもは住民総出でゴミ拾いするそうですが、3人しかいないのでそれもできません。

 現地の人の声を直接聞き、問題があった時にそこに対応できる余裕を持つことの大切さを感じました。

 ボランティアに行く前は「何を」するんだろう?と表面上でしか活動を捉えられていませんでしたが、何のために能登の現場に行ったのかという本質的な所を考えるきっかけになった活動でした。現地の人のお役に少しでもなれたのなら幸いです。

 

●能登の現状を伝える。仲間を増やす。

 実際にボランティアに行って、できることは些細なことかもしれませんが、その中でも現地の方が1人でも、一瞬でもリラックスしてくれる環境がつくれたり、1人で難しいところをお手伝えたり、そういう活動が継続的に、これからも広げていけたらいいなと思っています。

 栃木に帰ってきて、私ができることは、能登の現状や感じたこと、考えたことを皆さんに伝えて、能登について考えるきっかけになるよう情報を発信をしていくこと、行く人を支えてくれる人を増やすこと、実際に現地に行く仲間を増やすことです。

 できることは小さなことですが、私の1歩がその先にいる誰かの役に繋がることを信じて、活動をしていきたいと思います。これからも機会があれば私自身もまた能登半島へ行きたいと思います。(森満里奈/無職)

 

※毎月第2、第4金曜日出発「奥能登週末ボラ」。行く人募集>>こちら

事務局ボラの初参加。「行く・つながる」これからもまた行こうと思った。

半年経ってもまだひどい。町野町の現状

 

 6月14日から16日のチームIは、男性5人女性5人のバランス型チーム。20代の参加者も4人と、平均年齢低めのパワフルなチームだった。私は2月から事務局で何人ものボランティアを派遣してきたが、今回は派遣終了を目前に自分の目で現地を見ることにした。一日目は20時40分に珠洲市の宿泊先に到着。二日目は8時から作業開始。9時頃から作業班と足湯班に分かれた。私は足湯班として町野町の集会所に向かったが、想像を絶する町の様子に言葉を失った。こんなにも建物の倒壊がひどいものかと。そして、何よりも半年以上経った現状であることが信じられなかった。三日目は作業班、口腔ケア班、子供班に分かれて活動終了。16日22時頃宇都宮へ帰還した。

 

倒壊した家の中を歩いた。まるでトリックアート

 

 モトヤスーパーでアイスを無料で配りながら現地の子供たちと交流を深めていくうちに、被災した実家を見せてくれた子がいた。小学二年生で現在は金沢で生活しているという。週末になると町野に戻ってきている。家は旅館で、震災当時は翌日の料理の仕込みが行われていた。トリックアートのように家屋が傾き、まるで平行四辺形の中にいるようだった。しかし、家は両側の倒れてきた家屋に支えられ、完全に潰れることは避けられた。本人は両親と茶の間にいたが、命からがら逃げだしたという。「向かいの家のおじちゃんも、隣の家のおばちゃんも家の下敷きなって亡くなった」と言った。向かいのおじちゃんは、地震発生後一度外に出たのにも関わらず、安全を確認して家屋に戻ったときに家が倒壊して帰らぬ人となった。その証拠に廊下で亡くなっていたという。

 町野の家はどれも立派な家ばかりだった。瓦が黒く、木造の大きな家が多くみられた。潰れた家屋を見るたびに、自分が中にいたら決して生きてはいられないだろうと強く感じた。

 

大人も子供も今を必死に生きている。目の前にあることを懸命に

 

 モトヤスーパーでは別団体の炊き出しが毎週土曜日に行われており、土曜日はスーパーを中心に町民が大勢集まる。私がスーパーにいた時、偶然再会したと思われる女性二人組に遭遇した。「○○さん、無事だったの!良かった…」と、半年ぶりの再開を喜ぶ二人が印象的だった。それから、たくさん一緒に走り回った子供たちの笑顔も忘れられない。倒壊した実家を見せてくれた少年は、現在金沢の小学校に通っているが、同じ町野小学校の子は誰もいないという。しかし、新しい学校もすごく楽しいと教えてくれた。彼に限らず、みんな学校がばらばらになってしまった。大人以上に何が起こったかわからない子供も、子供なりに置かれた状況を懸命に生きている。早く町野の復興を進めて、一日でも早く以前までの環境に戻したいと思った。

 

ボランティアの手を休めてはいけない

 

 町野の人々はボランティアにたくさんの感謝を伝えていたのが印象的だった。一日と半日のボランティアがどれだけ役に立てているのか少し不安だった。しかし、ボランティアが来てくれるだけでありがたいという言葉を何度も耳にした。私たちのボランティア活動は6月末を目途にいったん終了するが、事務局として7月以降の支援も考えながら今回は参加したが「中止してはいけない」と強く感じた。4月から約3か月間、多くのボランティアの協力のもと、町野町との絆を築いた。このつながりをやめてしまうのは今までボランティアに参加してくださった方にも申し訳ない。加えて、町野町の人たちもまだボランティアを欲している。物理的な町の復興は進んでいない。倒壊した家屋だらけだ。するべきことがまだ山のようにある。7月以降もなにか方法を考えてボランティアを派遣したい。(吉田)


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まけないぞう

東日本大震災で被災したお母さんたちが、心をこめて作成した「まけないぞう」です。ひとつ400円。

 

くわしくは、「まけないぞうプロジェクト」をご覧ください。

 


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