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手仕事、アートからはじめる「就職を目的としない」若者支援

 6畳の手狭な部屋。壁に向かって座る3人の男性は、黙々と小さな部品を袋に詰めている。背中向きのまま振り返らない。「他人と目が合うとイヤという人が多いので」と担当の大藤園子さん(57歳)。

 ここは県庁にほど近い住宅街の中、白い2階建て民家にある「てしごとや」だ。栃木若年者支援機構のいち組織として5年前にできた。大藤さんは引きこもりやニート支援の作業所の運営を任されている。「今日はトラクターの部品の内職です」と大藤さん。

 私たちが部屋の中でべらべらと話す間も、3人は意に介すことなく、黙々と作業を進めていく。

「この人たちが働けない・・・人?」

 

40歳職歴なし」に「正社員になれ」は「無理ゲー」

 引きこもり・ニートの支援と聞くと「就職」支援を思い浮かべる人もいるかもしれない。確かに多くの支援団体の目指すゴールは就職だ。しかし「実際、40歳職歴なしで『働け!』は、無理ゲーですよね」との大藤さんの言葉通り、働き口がないのが現状だ。そんな状態に風穴をと生まれたのが「てしごとや」。あえて就労を目的とせず、その人の「最初の一歩」を支援するために、内職や洋裁、草刈りなど手仕事(てしごと)をおこなう。

 

まず、日当200円のリアルを分かることから。

 「引きこもりの人の特性として、職人気質で真面目な人が多いんです」と大藤さんがいう。以前の日本は農業社会だった。人々は内職で藁をあみ、野菜やコメを作り、「手仕事」で毎日コツコツと暮らしていた。対して現代は雇用される「サラリーマン社会」。これに向いてない人もいると大藤さん。

 「雇用に向かない人はいますね。多様性っていうけど、サラリーマン社会に自営業的な多様性はない」。それをわかったうえで、今の社会に合わない人が孤独を感じずに生きられる道を模索中だ。この軽作業は日当で200円ほど。それではとても暮らしていけない。「そのことに気づいて、時給900円のバイトがいいと、仕事探す人もいますよ」と大藤さん。「夢は、てしごとで食べていけるようにすること」と、手仕事をお金にすることも目指している。現在は鹿沼の特産品、野州麻を使った独自の製品のブランド化も構想中だ。

 

誰とも話さなかった人がおしゃべりに。アートが広げた可能性

 引きこもりやニートの人は「てしごとや」に行くことで、どんな変化があるのだろう。

「そりゃ、元気になる人もいるし、働くようになる人もいるし、病院に行く人もいる」と変化はさまざまだ。しかし「真っ白な予定表に、てしごとやがあるだけで安心する」と言い、彼らの孤立を防ぐコミュニティにもなっているという。

 その変化のパワーを特に感じたのが去年5月から期間限定で行っている「アートの学び」だ。いろんな体験の中から自分の道を見つけてほしいと、陶芸など15種類のプログラムを展開する。「今年で5年目の内職よりも変化が大きい」と、誰とも話さなかった人がおしゃべりし、遊びに行くようになるなど、「自分が表現できる」可能性や自由さを感じてくれているという。「ちょっとできることがあるってパワーになる」と崖のふちにいる人が救われることもあるという。最初車で来た時には、駐車場に入ったとたん、震えて何もしなかった人が、今はお弁当を持って午前、午後も来ている。ある女の子は対人障害を克服し「スーパーの社員になったんです」と教えてくれた。

 

「居場所がある」それだけで人は救われる

 しかし先述のとおり、就労に結びつくことがすべてではない。そのステップが高すぎる人も多くいる。これまで目を背けていたこの現実。「たとえ話さなくても、コミュニティに居場所がある」こと。その小さくみえるステップこそが、実は人の命を救うのかもしれない。

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 働くって何だろう。誰かに雇用され生きる社会、雇用されることで安心を得られる社会。便利になった世の中だけれど、現代に求められる人間が、昔に求められていたかはわからない。そして未来で求められるかもわからない。常識は移り変わるし、社会も変化し続ける。「自分が社会に必要な人間か」を問うことすら、100年先は無意味かもしれない。「自分には関係ない」と100年後の自分に言えるか考えてほしい。(鈴木花梨)

 

●てしごとや:028-678-4745/宇都宮市昭和2-7-5、火・木・金・1000-1500